あれから10年です。
10年前、私たちは事務所内にいてお客様対応をしていました。

保険会社に用があり出かけた者や、研修が終わり栃木県から帰宅中の者もおりました。

突然の大きな揺れ・・・。立っていられないほどであわてて外に出て、隣の店舗駐車場に避難しました。
前の消防署の方が「宮城で震度7!」と叫んでいます。尋常ではない地震であることがすぐにわかりました。

信号は消えてしまい、停電・断水し、非日常なってしまいました。

10年目になる2021年2月13日、また大きな地震が起きました。津波の被害はなかったものの長い揺れに「またか!」と不安がよぎります。東日本大震災の余震とのことでした。

原発の事故が重なり、避難生活を強いられている方々がまだたくさんおられるとのこと。

忘れないでください。茨城県も被災地だったのです。津波の被害、液状化、建物の倒壊・破損。
震災の後、北茨城市から海岸線を走り、潮来・鹿島まで行き状態を見てきました。
鹿島アントラーズの練習グラウンドも液状化し使えなくなり、道路から砂があふれ出していました。
電信柱は斜めになり、線路も歪んでいました。

まだ余震は続くでしょうとのことです。